ラムダカット(羊の金貨)とは?神聖ローマ帝国ニュルンベルクの歴史も解説

アンティークコインと言えば時の王族などがモチーフに使われることが多い中、なぜ羊が金貨に?と不思議に思う方もいるかもしれませんね。そんな疑問にお応えすべく、ラムダカットがどのようなものなのか、また、具体的にどのようなタイプのラムダカットが現存しているのかなどラムダカットの詳細を解説していきます。併せてニュルンベルクがどのような所だったのか、その歴史にも触れてみたいと思います。

 

 

ラムダカット(羊の金貨)とは

ラムダカットは、17~19世紀にかけて神聖ローマ帝国(現在のドイツ)のニュルンベルクで作られ発行された羊をモチーフにした金貨のことです。

 

ラムダカットの概要

ラムダカットが発行されたのは17~19世紀ですが、最も発行量が多かったのは17世紀の終わりから18世紀の初頭にかけてでした。

「ラム」とは英語の「lamb」のことで羊を意味し、「ダカット」は貨幣の名前で英語で「ducat」と書きます。

最初にダカットが発行されたのは1140年。イタリアのシシリアで銀貨として発行されました。その後ベネチアに広まり、そこでダカット金貨も発行されるようになりました。そしてこの金貨が中世後期から20世紀にかけて、現在のドイツである神聖ローマ帝国やオランダ、デンマーク、スペイン、フランスなどヨーロッパ各地に広まるようになったのです。

とくに神聖ローマ帝国で発行された羊をモチーフにしたダカット金貨は、そのデザインがユニークであり、また価格も桁外れに高くないことから人気を博し、特に「ラムダカット」という呼び方で親しまれてきました。

 

ラムダカットの種類

現在残っているラムダカットには1700年に発行されたものと1703年に発行されたものがあります。使われているモチーフは同じですが、デザインが微妙に異なっています。(デザインについては次の項で詳しくお伝えします。)

また1700年に発行されたものの中には大きく分けると円形の金貨と正方形の金貨の2種類があります。種類をコインの額面で見ていくと、額面が最も大きいのが5ダカット。そこから4、3、2、1と、1ダカットずつ小さくなり、更に2分の1、4分の1と言う具合に小さくなって、最小は32分の1ダカットになります。これらの金貨すべてに、円形と正方形の両方のデザインが用いられています。

 

 

ラムダカットのデザイン 表面

ラムダカットの表面には、中央に、地球の上に立つ羊の絵が彫刻されています。この羊のモチーフは1700年と1703年のラムダカット両方において使われていますが、1703年のラムダカットでは羊が一回り大きく描かれています。

▲1700-GFN Ducat KM-257 (Regular Strike)

 

▲(1703)-GFN 3 Duc KM-262 Fr-1880 (Regular Strike)

 

【羊のモチーフ】

どちらにも共通しているのは、羊が地球の大きさに比べて極端に大きく表現されていることです。そして羊は1本の足で「平和」を意味する「PAX」と書かれた旗を持っています。羊の誇張された大きさと平和の旗を持っていることから、ラムダカットでは羊がどれほど重要な存在として扱われているかがわかると思います。

それもそのはず、キリスト教では羊、特に子羊は神の子羊、つまりキリストを象徴するものであり、聖書やキリストを描いた絵画にはいつも登場する存在になっています。つまり羊のモチーフを使うことによって、キリストが世の中を平和にしてくれる、または平和にして欲しいという願いを込めたデザインになっていることがわかると思います。

このことがさらに良く分かるのが円周上に刻まれた「TEMPORA NOSTRA PATER DONATA PACE CORONA」の文字です。これを訳すと、「父(キリスト)が我々の時代を平和という贈り物で仕上げてくれる」という内容になります。

 

【年号の読み方】

表面のデザインでもう一つ注目したいのが、刻まれた文字に隠された年号です。一般的なコインには、一目でわかるように数字を使って発行年数が刻まれていますが、ラムダカットでは、円周に刻まれた文字を暗号として使い年数を表現しています。

先ほど紹介した「TEMPORA NOSTRA PATER DONATA PACE CORONA」の中には、他の文字より一回り大きく刻まれた文字があります。これらの文字を抜き出してみると、MDCCとなり、ローマ数字で、それぞれ、1000、500、100、100を意味します。

そしてその数を合わせると1700になるので、このラムダカットが1700年に発行されたことが分かるのです。同様に、1703年のラムダカットでは円周に刻まれた「PACEM DA NOBIS CHRISTE BENIGNE」 の文字から大きな文字を順番に抜き出すとCMDICIIとなり、合計が1703になります。

 

ラムダカットのデザイン 裏面

ラムダカットの裏面には、中央に3つの紋章が彫られています。一番左と中央の紋章は神聖ローマ帝国の皇帝に関係したもので、一番右側にあるのが、ニュルンベルクの紋章です。これらの紋章は1700年発行のものと1703年のものに共通しているのですが、配置の仕方が少し異なっています。

また、1700年発行のラムダカットではこれらの紋章の上に平和の象徴である鳩の絵が彫られているのですが、1703年のラムダカットではこの鳩の絵がなくなっています。更には円周上に刻まれた文字も1700年発行のラムダカットとは異なっています。1700年のものは、「RESP. NORIMBERGENSIS SECVLVM NOVVM CELEBRAT」という文字が刻まれ、「ニュルンベルクが新世紀をお祝いします」という内容になりますが、1703年発行のものは「MONETA AVREA REIP NORIMB」と書かれています。

最初の単語「MONETA」は「貨幣」、「AVREA REIP」は出産を司る女神、そして最後の「NORIMB」は「ニュルンベルク」のことです。

 

ラムダカットと自由都市ニュルンベルク

 

次に、羊の絵をモチーフにしたユニークなラムダカットがどのような背景で発行され、また、ラムダカットの発行元である自由都市ニュルンベルクがどのようなところだったのか見ていきたいと思います。

 

ラムダカット発行の背景

ラムダカットのデザインのところで紹介しましたように、ラムダカットには、羊や鳩、また円周に刻まれた文字など、平和に対する強い願望が強く表されていることがよくわかります。

なぜ、それほどまでに平和への願望を強く表現したのでしょうか。

ラムダカットが最初に発行されたのは1632年です。1618年から始まり1648年まで続いた「三十年戦争」の真っただ中の時期でした。プロテスタントとカトリックの敵対から始まったこの戦争は、その後ヨーロッパ全体に広がって行きました。30年にも及ぶ長く悲惨な戦争を嘆き、平和を望む気持ちが強くなるのは当然なことだと言えます。そして、その平和を望む気持ちは、18世紀と言う新しい世紀を迎えたことによってさらに強まり、1700年、当期時で紹介したラムダカットが誕生したのです。

 

ラムダカットを発行した自由都市ニュルンベルクとは

ラムダカットを発行したニュルンベルクは、神聖ローマ帝国の中でも自由都市(または帝国自由都市)に指定されていました。自由都市とは皇帝が直接統治した都市のことで、これらの都市では、ある規制内で自治を行うことが許されていました。ニュルンベルクが自由都市に指定されたのは、この都市が当時の交易の重要な地点に位置していたことが大きな理由と言われています。

交易の重要地点であったニュルンベルクは、三十年戦争において、その周辺が戦場と化し、それによりニュルンベルクの交易や経済は大打撃を受けました。ドイツの人口の20%が死亡したと言われるこの破壊的な戦争を悲しみ平和を願うラムダカットがニュルンベルクで発行されたのは自然の流れでもあったのです。

また、自由都市として皇帝からも目をかけられたニュルンベルクは、製造業、特に金属・ガラス工業を中心にも発展していました。このことが硬貨製造の町としてラムダカットを生み出した要素にもなっています。

 

ラムダカット=羊の金貨について知ろう

アンティークコインには、王族や皇族など、時の支配者をモチーフにしたものが多い中で、ラムダカットはキリストを象徴する羊をその中央に置き、平和をテーマにデザインした形で発行されました。

発行された時代の歴史を辿って行くと、三十年戦争という長い悲惨な戦争で疲弊した神聖ローマ帝国の様子が、またそれだからこそ平和を願望する当時の人々の気持ちがひしひしと伝わってきます。

そして平和の金貨ラムダカットが、戦争で大きな被害を受けた自由都市ニュルンベルクで発行されたという事実もうなずけるのではないでしょうか。