古代ペルシアを黄金期へと導いたダレイオス1世の生涯と、戦士の姿が刻まれたコイン

ダレイオス1世(紀元前550年ごろ〜紀元前486年)は、古代ペルシアのアケメネス朝のペルシアの偉大な王です。ペルシア帝国を最盛期に導びきました。貨幣制度を革新したことでも知られています。

治世は紀元前522年から486年まで続き、この間にペルシア帝国はその領土を大いに拡大しました。その広さは23カ国・500万平方キロにも及びました。これは、現在のアメリカ合衆国よりも少し小さいくらいの大きさです。

リディアのエレクトラム貨に次いで作られた世界最初期のコインである、「ダリック金貨」。古代ペルシアの時代に発行された勇敢な王の姿が刻まれたコインと、その歴史について解説します。

壁に刻まれたダレイオス1世の肖像

▲壁に刻まれたダレイオス1世 

ダレイオス1世 ダリック金貨

ダリック金貨 表裏

基本データ

コイン名 ダレイオス1世 ダリック金貨
通称 ダリック金貨
発行年 紀元前521年〜紀元前330年
アケメネス朝ペルシア
額面 ダリック
種類 金貨
素材
発行枚数 -
品位 Au 958
直径 約15.8mm
重さ 約8.30g
統治者 ダレイオス1世(ダレイオス大王)
デザイナー -
カタログ番号 SNG Cop# 274-275-276, BMC Greek# 3
表面のデザイン 片膝をつき槍と弓を持つ王
表面の刻印 -
裏面のデザイン 陰刻のパンチマーク
裏面の刻印 -
エッジのタイプ スムース
エッジの刻印 -

 

ダレイオス1世の生涯とペルシア戦争

ペルシア帝国の領土を大幅に拡大し、統治システムを確立。交通と通信網などの帝国のインフラを改善しました。そして法と秩序と行政、大規模な建築プロジェクト、新しい貨幣システムの導入などの功績を遺しています。当時信仰されていたゾロアスター教と、偉大な王の生涯をみていきましょう。

波乱に満ちたペルシア王の即位

ダレイオス1世の幼少の頃の記録はありません。
アケメネス朝ペルシアの創始者であるキュロス大王の息子のカンビュセス2世がエジプトで死亡しました。その後、一人の男が「我こそがカンビュセス2世の弟であるスメルディスである」と名乗り、ペルシアの王位を勝手に宣言しました。しかし、ダレイオス1世と彼の同志たちは、このスメルディスが”偽者”であると主張しました。そして紀元前522年、ダレイオス1世はクーデターを引き起こし、この偽スメルディスを殺害して自身が王位を宣言しました。

家臣とダレイオス1世

▲家臣とダレイオス1世

ダレイオス1世は「神の意志により、また正当な継承者としてペルシアの王位に就いた」と主張しました。しかしながら、現代の歴史家によると彼の主張に疑問があるようです。一体彼がどのようにして王位に就いたのかについての真実は未だに完全には解明されていません。古代の時代に残されたミステリーの一つです。

ダレイオス1世とゾロアスター教

ダレイオス1世は、古代イランの宗教である「ゾロアスター教」の信者でした。ゾロアスター教は、古代イランの預言者ゾロアスターによって設立された一神教で、善と悪の永遠の戦いの概念を中心に据えています。その象徴として火を崇拝するので「拝火教」とも言われています。

ゾロアスター教では、唯一の最高神アフラ・マズダを最高神とし、彼に対抗する悪神アーリマンとの間で宇宙の支配を巡る戦いが繰り広げられているとされています。人間はこの戦いに参加し、善行を積み重ねることでアフラ・マズダを支持し、悪から世界を救うとされています。

ダレイオス1世にまつわる碑文には、彼がアフラ・マズダの助けを借りて王位を確立したと記されています。また、アフラ・マズダに対する深い敬意と信仰を見ることができます。しかし、ダレイオス1世がゾロアスター教の公式な教義を受け入れ、それを帝国全体に強制したかどうかは歴史家の間で議論の対象となっています。彼の治世下では、帝国内の多様な宗教的な信仰が、比較的自由だったといわれています。それにもかかわらず、ゾロアスター教はペルシア文化に深く根ざした宗教であり、その後のペルシア(イラン)の宗教的、哲学的、文化的発展に大きな影響を与えました。ダレイオス1世の後の時代、サーサーン朝ではゾロアスター教は国教とされました。

ペルシア戦争のはじまりと偉大な王の死

東岸のミレトスなど、イオニア地方のギリシア人都市国家はペルシア帝国の支配から独立しようと動きだしました。紀元前500年にイオニアの反乱を起こし、この反乱をギリシア本土のアテネが支援しました。ダレイオス1世はギリシア遠征を企て、期限前492年にペルシア戦争が開戦。ペルシア帝国の勢力はバルカン半島にまで及び、トラキア人やギリシア北方のマケドニアに及びました。

当時の世界地図、ペルシア王国の範囲

▲広大な土地を持つペルシア帝国

ダレイオス1世は紀元前490年にも大軍を派遣しましたが、第二次ペルシア戦争のマラトンの戦いでギリシアの重装歩兵戦術に敗れてしまいました。

ある伝令がマラトンの戦いの直前にアテネからスパルタまで二日間走り、援軍を要請したという話が、現在の「マラソン」にまつわる逸話の元になっています。後のアテネで「縛られたプロメテウス」をはじめとする悲劇作者として活躍するアイスキュロスも、この戦いに兵士として参加していました。

ダレイオス1世はそのすぐ後、紀元前486年8月に急死しました。彼の死因については具体的な記録が残っていません。

これにより、ギリシア本土の征服は息子であり次の王クセルクセス1世に引き継がれましたが、失敗に終わっています。

▲馬車に乗ったダレイオス1世が弓で狩りをしている様子

 

ダレイオス1世が遺したもの

コインの発行という新しい貨幣制度の他に、ダレイオス1世が遺した偉業を辿ってみましょう。

行政の組織化と法の制定と統一

ダレイオス1世はペルシア帝国をさまざまな行政区画に分けました。20に分けられたサトラピー(州)には、それぞれが「王の目」「王の耳」と呼ばれるサトラップ(知事)によって統治され、広い帝国全体の統治が効率化されました。このサトラピーシステムを通じて、帝国全体での均一な税制度が確立しました。帝国の収入が確保され、それは公共事業や軍事費などに用いられました。

組織化とそれに伴う法律は帝国全体を統制し、秩序と安定が保たれました。法整備により、中央集権体制を確立いました。その一方で言語や宗教、慣習といった地域ごとの独自性に特に配慮し、納税と軍役さえ果たせば内政には干渉しないというスタイルだったようです。

「王の道」(Royal Road)

ダレイオス1世は全帝国をつなぐ道路網を整備しました。その名は「王の道」(Royal Road)と呼ばれ、通信、交通、貿易が大いに促進されました。ダレイオス1世は帝国全土にこの道路網を築き、約2,500キロメートルにわたるスサ(現在のイラン西部)からサルディス(現在のトルコ西部)までを結びました。港湾を開発し、領土を拡大しました。

現在も残る王の道

▲現在でも残る「王の道」

「ペルセポリス」という新しい首都を建設。その美しい建築と芸術作品で知られ、ペルシア帝国の繁栄を象徴ています。このペルセポリスなどの都市において、大規模な建築事業を行いました。現在でも残る遺跡は、その栄華を思い出させます。

その後の紀元前331年、ダレイオス1世が敷いた「王の道」を使ってアレクサンドロス3世が進軍し、ペルシア帝国を滅ぼしました。アレクサンドロス3世ことアレキサンダー大王が帝国を築き上げることができたのは、この時にペルシアを我が物に出来たからだと言われています。これにより、ギリシアの文化と思想を広く伝播するきっかけを作りました。そして、ギリシャ文化が広範囲に広がり、ヘレニスティック時代が訪れます。

アレクサンドロス大王は、ダレイオス1世の数々の業績に感嘆し、彼の墓を訪れました。ダレイオス1世の墓に刻まれた碑文をギリシア語訳するように命じたそうです。

画期的な郵便システム

「王の道」と呼ばれる広範囲にわたる道路網を利用した、”駅伝”による郵便システムは画期的なものでした。一定の距離ごとに駅伝の駅が設けられ、そこでは馬と騎手が待機していました。急いで伝えなければならないメッセージがある場合、騎手は馬に乗り、駅から駅へとリレー形式で急いで走りました。この効率的なシステムにより、重要な情報は最速で帝国全土に伝達され、それが広大な領土の統治と秩序維持に大いに貢献しました。

アメリカ合衆国郵便公社(USPS)の非公式なモットーは、ニューヨーク市のファーリー郵便局ビルの外壁に刻まれた以下の言葉から来ています。

外壁に刻まれたモットー

▲外壁に刻まれたモットー

「雪も、雨も、暑さも、夜も、これらの者たちを進行から遠ざけることはできない。彼らは忠誠心から任務を果たそうと急ぎます」

これは、ヘロドトスの『歴史』に出てくる、ペルシア帝国の郵便システムに基づいています。

 

コインの発行と画期的な貨幣制度の導入

ダレイオス1世は新しい貨幣システムを導入しました。それにより、主に物々交換だった「バビロニア経済」を特定の種類の貨幣を用いて取引を行う「貨幣経済」へと移行させました。発行されたコインのデザインとその歴史を解説します。

コインの種類と貨幣制度

紀元前6世紀にクロイソス率いるリディア王国を滅ぼしたのち、リディアの優れた貨幣製造技術をそのまま採用しました。「ダリック金貨」「シギロス銀貨」という貨幣を導入し、これらは広く流通しました。ダリックはおよそ8.4グラムの金で、シギロスは5.6グラムの銀で作られていました。これらの貨幣はペルシア帝国全体で価値が保証されていました。この新しい貨幣システムの導入は、貿易を大いに促進しました。ダリックとシギロスは、エジプトからインドまでの広範囲で使用され、地域全体の取引を活発にしました。その結果、ペルシア帝国は商業と貿易の中心地となり、経済的繁栄を享受しました。

この貨幣システムは税制の一元化を可能にし、ペルシア帝国の統治体制を強化。大帝国を効果的に管理することができました。

アレキサンダー大王の侵攻によってペルシアが滅んだ後、コインの多くは溶解され、スターテル金貨の製造に使われたといわれています。

ダレイオス1世の「ダリック金貨

ダリック金貨 表面

表面にひざまづいて弓を引く戦士の姿のダレイオス1世、裏側はコインを打刻する時に使用した工具の跡(パンチマーク)が残っています。肩に矢筒をかけて右膝をついて、弓を引いて矢を射る準備をしています。これは「矢を射るヘラクレス」から、そのモチーフが採用されたと言われています。

ダリック金貨 裏面

そして、1ダリックは兵士の1ヶ月の賃金に相当しました。

 

ダレイオス1世 ダリック金貨の価格推移

オークションでもあまり見かけないコインのため、状態の良い金貨は人気です。発行枚数は多かった様ですが、溶解された歴史を持っているため、現存枚数が限られています。

同じようなデザインで歴代のペルシアの王のコインが発行されていますが、今回はダレイオス1世のコインをご紹介します。

Choice MS★ 5/5 - 5/5

Choice MS★ 5/5 - 5/5

2022年8月25日に$43,200で落札。

NGC Choice MS 5/5 - 4/5

NGC Choice MS 5/5 - 4/5

2023年1月9日に$38,400で落札。

NGC MS★ 5/5 - 5/5

NGC MS★ 5/5 - 5/5

2023年1月9日に$28,800で落札。

その他のダレイオス1世のコイン

銀貨も発行されているので、ご紹介します。

ダレイオス1世 銀貨

デザインは金貨とほぼ同じですが、単位は「シグロス」といいます。

大きさは約15mm、重量は約5.34gです。

Choice AU★ 5/5 - 4/5

Choice AU★ 5/5 - 4/5

2022年5月6日に$5,040で落札。

WTRコレクション(元サンライズコレクション)より。

 

ダレイオス1世のダリック金貨にご興味はありませんか?

貨幣経済の礎を作ったアケメネス朝ペルシア帝国の偉大な王、ダレイオス1世のコインはコインの歴史を語る上で欠かせない1枚ではないでしょうか。

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