偉大な彫刻家トーマス・サイモンが作ったコイン「イギリス チャールズ2世 ペティションクラウン銀貨」 発行されなかった理由とは?
イギリス チャールズ2世 ペティションクラウン銀貨は、1663年に彫刻家トーマス・サイモンによって作られたコインです。技術的にも美術的にも優れ、質の高いアンティークコインとして評価されていますが、作成当時、正式に発行されることはありませんでした。
この銀貨がなぜ「ペティション(請願)コイン」 と呼ばれるのかその理由を説明し、どのような時代背景の下に作られたのか解説します。
イギリス チャールズ2世 ペティションクラウン銀貨
基本データ
コイン名 | イギリス チャールズ2世 ペティションクラウン パターン銀貨 |
---|---|
通称 | チャールズ2世 ペティションクラウン銀貨 |
発行年 | 1663年 |
国 | イギリス |
額面 | 1クラウン |
種類 | 銀貨 |
素材 | 銀 |
発行枚数 | - |
品位 | Silver (.925) |
直径 | 39.0mm |
重さ | - |
統治者 | Charles II (1660-1685) |
デザイナー | Thomas Simon |
カタログ番号 | Sp# 3354A, KM# PnB33 |
表面のデザイン | 月桂冠を被ったチャールズ2世の右向きの胸像とレジェンド |
表面の刻印 | CAROLVS II·DEI·GRA(神の恩寵によるチャールズ2世) |
裏面のデザイン | イングランド、スコットランド、アイルランド、フランスを表す冠十字型の紋章の盾と年号、レジェンド |
裏面の刻印 | · MAG BRI · FR ET · HIB REX · 16 63 HONI SOIT QUI MAL Y PENSE (グレートブリテンおよびフランスとアイルランドの王 邪悪なことを考える者は恥を知れ) |
エッジのタイプ | Plain with double band of raised lettering |
エッジの刻印 | THOMAS SIMON MOST HVMBLY PRAYS YOVR MAJESTY TO COMPARE THIS HIS TRYALL PIECE WITH THE DVTCH AND IF MORE TRVLY DRAWN & EMBOSS'D MORE GRACE; FVLLY ORDER'D AND MORE ACCURATELY ENGRAVEN TO RELIEVE HIM.(トーマス・サイモンは陛下に対し、この試作品をオランダの作品と比較し、より忠実に描かれ、浮き彫り加工が施され、より優美に整えられ、より正確に彫刻されているのであれば、彼をご採用くださいますよう、謹んでお願い申し上げます) |
イギリス チャールズ2世 ペティションクラウン銀貨とは?
イギリス チャールズ2世 ペティションクラウン銀貨 とはどのようなコインでしょうか。コインのデザインと作成の舞台裏を見ていきましょう。
表面・裏面のデザイン
1663年に作られたイギリス チャールズ2世 ペティションクラウン銀貨の表面には時の国王チャールズ2世の肖像が描かれています。ドレープを身にまとい、ラブロックと呼ばれるウェーブのかかった長い髪をふんわりと肩に落とし、頭には月桂樹の葉飾りをつけています。
裏面には、イングランド、スコットランド、アイルランド、フランスの紋章が描かれ、紋章と紋章の間にはチャールズ2世の頭文字であるCの文字2つをからませたデザインがあしらわれています。
コインは裏面がわずかに窪み、その分表面が盛り上がっています。これによりチャールズ2世の肖像が力強く表現されています。
ペティションクラウン誕生の背景
ペティションとは「請願」の意味です。
この名前が付いているのは、この銀貨のデザイナーでありイギリスのロイヤルミントのチーフエングレーバーであった、トーマス・サイモンがその発行を認めてくれるようチャールズ2世に請願したことからきています。
造幣局に勤めていたのですから、わざわざ請願しなくてもデザインなどの申し入れが受け入れられそうなものですが、当初サイモンの提出したデザインは受け入れられませんでした。そのため、サイモンは試作品を作りチャールズ2世に受け入れてもらうよう請願しましたがかないませんでした。
彼の作ったコインが採用されなかった理由には諸説ありますが、一つは提出期限に間に合わなかったというもの。他には、トーマス・サイモンが、チャールズ1世を処刑したオリバー・クロムウェルに仕えていたからという説もあります。
200以上の文字が刻まれたエッジ
イギリス チャールズ2世 ペティションクラウン銀貨のエッジには、200以上の文字を使って文章が刻まれています。この文章こそがトーマス・サイモンが出した請願の内容そのものでした。
これらの文字はトーマス・サイモンが自らの手で刻んだものです。コインの表面・裏面のデザインはもちろんのこと、幅の狭いエッジに2段にわたって文字を刻むという高度な技術は、現在でも高く評価されています。
またエッジに文字を刻むことには偽造を防止するという便宜上の理由もありました。当時はコインのエッジを少し削り取って、素材としてそれを集めて売却するという不正が横行していました。
そうした不正を防ぐための対策としてエッジに文字を刻印したのです。
イギリス チャールズ2世 ペティションクラウン銀貨が作られた当時の時代背景
では、イギリス チャールズ2世 ペティションクラウン銀貨はどのような時代背景の下に作られたのでしょうか。詳しく見ていきましょう。
17世紀のイギリスは革命の時代だった
▲戦闘に挑むチャールズ1世
イギリス チャールズ2世 ペティションクラウン銀貨が作られた17世紀中期のイギリスは、革命の時代でした。
当時国王はチャールズ2世の父親であるチャールズ1世。この国王は王権は神から授かったものだという王権神授説に基づき政治を行っていたため、議会と対立し、革命派プロテスタントである清教徒を中心に反乱が起きました。
1649年、反乱軍はチャールズ1世を処刑し、共和国宣言が発しました。これが清教徒革命(ピューリタン革命)です。
一方、後継ぎである息子のチャールズ2世はこうした不安定な社会状況を逃れフランスに亡命していました。
王政復古を果たしたチャールズ2世
▲戴冠衣装に身を包んだチャールズ2世
共和制になったイギリスでは、1653年、独立派のクロムウェルが護国卿となり独裁政治を推し進めていました。
ところが1658年にクロムウェルが他界。すると政局は再び不安定になりました。そのため、当時亡命先をオランダに移していたチャールズ2世は、1660年、議会との和解を求めるブレダ宣言を発しました。
大まかな内容は、「革命中に関与した者について一部を除き大赦を与える」「宗教上の相違を許し、信仰の自由を保証する」「土地所有権については議会で審議・処理する」などでした。
議会はこのグレダ宣言を受諾し、チャールズ2世はイギリスに戻り王政復古を果たしました。チャールズ1世が処刑されてからチャールズ2世が戻るまでの11年間途切れていたイギリスの君主制が復活したのです。
「陽気な君主」と呼ばれたチャールズ2世
▲チャールズ2世とキャサリン妃
王政復古という歴史に残る大事を果たしたチャールズ2世は、1662年、ポルトガルのブラガンサ王朝の王女キャサリンと結婚しました。この結婚により、ポルトガルの植民地だったインドのムンバイや、北アフリカのタンジールがイギリスのものになりました。
二人は子供に恵まれませんでしたが、チャールズ2世には愛人が多く、愛人との間に14人の子供が生まれました。ただし非嫡出子には王位継承権がなかったため、弟のジェームス2世が後を継ぎました。
チャールズ2世の前半生は亡命を強いられるなど波乱に満ちたものでしたが、後半生は愛人を多く持つなど快楽的な生活にふけったため「陽気な君主」とも呼ばれました。
イギリス チャールズ2世 ペティションクラウン銀貨の関連コイン
イギリス チャールズ2世 ペティションクラウン銀貨に関連するコインを2種類紹介します。
チャールズ2世の時代の「レディット」パターンクラウン銀貨
デザインがよく似ているこの「レディット」パターンクラウン銀貨はわずか10枚ほどの製造で、その中の3枚は博物館に所蔵されていて、残りのものはあまり状態が良くないとのことです。エッジには「REDDITE . QVÆ . CÆSARIS . CÆSARI & CT. POST」と刻印されており、「カエサルのものはカエサルに返せ」と訳されます。レディットの刻印は、サイモンの傲慢さを暗示しているといわれています。
2023年発行の偉大なる彫刻家シリーズコイン
ペティションクラウン銀貨が製造発行されてから360年を経た2023年、ロイヤルミントから「ペティションコインプルーフコイン2枚セット」が発行されました。
「グレート・エングレーバー・シリーズ(偉大なる彫刻家シリーズ)」の第4弾として企画されたものです。
2枚とも表には現在のイギリスの国王チャールズ3世の肖像が彫刻され、裏面にはそれぞれペティションクラウンのチャールズ2世の肖像と紋章のモチーフが復刻されています。
このセットには2オンス、10オンス銀貨、2オンス、5オンス、1㎏金貨の5種類があります。
イギリス チャールズ世 ペティションクラウン銀貨の価格推移
ペティションクラウン銀貨の総数は20枚未満と考えられていて、そのうち7点がさまざまな公共機関や博物館に所蔵されています。
現在、NGCによって鑑定されているのは3点、PCGSによって鑑定されているのは4点のみです。
XF40
2021年3月26日に$312,000で落札。
MS62
2024年1月8日に$960,000で落札。
ペティションクラウン銀貨誕生の興味深い舞台裏
イギリス チャールズ2世 ペティションクラウン銀貨がなぜ「ペティション」と呼ばれるのか、またなぜ正式に発行されなかったのかなど、銀貨誕生の舞台裏やその時代背景を追ってみました。
技術的・美術的に高いレベルにあるコインでも、政治的な影響で採用されないことなどはどの時代にも起こりうる出来事のように思われました。
近年になり、この銀貨のすばらしさが認識され、希少コインとして国内外のオークションなどでも高く評価されています。特に、偉大な彫刻家シリーズコインとして再発行されていることを目の当たりにすると、300年以上の時を経て、トーマス・サイモンの請願がやっと叶ったようでうれしく思います。
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