ヴィクトリア女王のモハール金貨!大英帝国の繁栄のシンボルとしてインドで発行された背景と現在の価格推移
▲1843年のヴィクトリア女王
イギリスは、女王の時代に栄えるといわれています。
19世紀の大英帝国に君臨し、その繁栄の象徴とされたのはヴィクトリア女王でした。
64年という長きにわたって王位にあったヴィクトリア女王、その女王の時代のコインのなかでも抜きんでた人気を誇るのが、モハール金貨です。
実はこのモハール金貨、その美しさだけではなく、コレクターたちを喜ばせるさまざまな要素に恵まれています。その要素とはいったいなんでしょうか。
今日は、ヴィクトリア女王のモハール金貨についてご紹介したいと思います。
ヴィクトリアモハール金貨
コイン名 | ヴィクトリア 1モハール |
---|---|
通称 | ヴィクトリアモハール金貨 |
発行年 | 1841年 |
国 | イギリス領インド |
額面 | 1モハール(1 Mohur)|東インド会社ルピー |
種類 | 金貨 |
素材 | 金 |
発行枚数 | 442,000枚 |
品位 | Au 917 |
直径 | 26mm |
重さ | 11.66g |
統治者 | ヴィクトリア女王 |
デザイナー | William Wyon(ウィリアム・ワイオン) |
KM | #462 |
表面のデザイン | 左向きのヴィクトリア女王の肖像 |
表面の刻印 | VICTORIA QUEEN 1841. |
裏面のデザイン | ヤシの木とライオン |
裏面の刻印 | EAST INDIA COMPANY ONE MOHUR |
エッジのタイプ | - |
エッジの刻印 | - |
モハール金貨とは?
まずは、モハール金貨についてご説明いたします。
英語の響きとしては少し不思議な「モハール」は、実は16世紀にインドのムガル帝国の王たちが使っていた通貨の名前です。
イギリス人によってモハール金貨が生まれたのは、インドがイギリスの植民地となったという事情があげられます。イギリスの特権的な会社であった東インド会社は、インドにおける通貨システムを金によって構築しようと試み、その結果生まれたのがモハール金貨です。インドの標準通貨として、主にイギリス人が用いていたとされています。
モハール金貨は、ヴィクトリア女王の時代のものと、彼の叔父であったウィリアム4世の時代のものがあり、アンティークコイン市場でも有数の人気を誇っています。
モハール金貨の種類
コレクターのあいだで絶大な人気を誇るモハール金貨ですが、実はその全容を知るのは簡単なことではありません。というのも、とくに価値が高いとされる1841年発行のヴィクトリア女王モハール金貨は、製造場所や字体、さらには女王の肖像画にもいくつかの違いがあり、かなりの数のバージョンが存在するためです。
まずはその種類について把握していきましょう。
ヴィクトリアモハール金貨の「違い」を知る
■製造場所の違い
モハール金貨が売買される際、鋳造所(ミント)の違いは以下のように分けられています。
(B)(B&C)ボンベイミント
(M)マドラスミント
(C)カルカッタミント
この中では、(C)のカルカッタミントのものが最も発行枚数が多いといわれています。
■ヴィクトリア女王の肖像を取り巻く刻印の文字の配置
左向きのヴィクトリア女王の肖像の周りに、文字が刻印されています。その位置に注目してみましょう。
- ディバイデッド・レジェンド 「VICTORIA」と「QUEEN」の文字が左右に分かれている
- コンティニュオス・レジェンド 「VICTORIA QUEEN」の文字が肖像画の上部でつながっている
■女王の顔の輪郭
ヴィクトリア女王の肖像には2種類あることがわかっています。
- ノーマルタイプ 若々しくふくよかな顔立ちの女王が描かれている
- フォックスフェイスタイプ 顔全体がとがったラインで描かれている
■日付の文字「4」の相違
発行年である1841の「4」の文字がわずかに異なります。
- ノーマルな4 普通の4が刻まれています
- クロスレット4 4の右側が上に跳ね上がっているのが特徴です
■日付文字の大きさ
1841の文字の大きさがわずかに異なります。
- ラージデイト(大)
- スモールデイト(小)
■デザイン担当のウィリアム・ワイオンの頭文字「WW」の刻印の有無
ヴィクトリア女王の時代にコインの最高傑作と名高い「ウナとライオン」をデザインしたウィリアム・ワイオン、その頭文字がヴィクトリア女王のうなじの下に刻まれているタイプと名いいものが存在します。
またごくたまにですが、「WW」の文字ではなく「S」が刻まれているものもあります。
これらのディテールの違いが、さまざまな組み合わせで発行されているため、種類はかなり多くなっているのです。
実際に存在が認められているのは7種類
1841年発行のヴィクトリア女王モハール金貨は、今のところさまざまな組み合わせによって7種類が存在しているといわれています。
それが、こちらの7種です。
①(C)カルカッタミント
- ディバイデットレジェンド(VICTORIA QUEENの文字が分かれている)
- 通常の肖像
- ラージデイト(1841の文字は大きいタイプ)
- ノーマルな4
- WW(ウィリアム・ワイオン)の刻印有り
インドのカルカッタで1841年に発行されたモハール金貨で、もっともオーソドックスといわれているのがこの①のタイプです。発行枚数は44万枚超とされているにもかかわらず、使用はインド国内に限定されていました。現在もインドからの輸出が禁止されているため、現在も市場に出る数は非常に少ないといわれています。
②(C)カルカッタミント
- ディバイデットレジェンド
- 通常の肖像
- ラージデイト
- クロスレット4(発行年にある4の文字が跳ね上がっているタイプ)
- WWの刻印刻銘有り
このタイプは発行枚数も不明なため、希少性が高いといわれています。
③(C)カルカッタミント
- ディバイデットレジェンド
- 通常の肖像
- スモールデイト(1841の文字が小さめ)
- ノーマルな4
- WWの刻印有り
このタイプもマイナーで、市場に出るのは珍しいといわれています。
④(B)(B&C)ボンベイミント
- コンティニュオスレジェンド(VICTORIA QUEENの文字がつながっている)
- フォックスフェイス(ヴィクトリア女王の顔が少しとがっている)
- ラージデイト
- クロスレット4
- WWの刻印なし
インドのボンベイ(現在のムンバイ)で作られたこのコインは、5,960枚の発行といわれていますが、これまでに鑑定された枚数はわずかです。
⑤(B)ボンベイミント
- ディバイデッドレジェンド
- 通常の肖像
- ラージデイト
- ノーマルな4
- WWの刻印有り
ボンベイで発行された以外は、すべてオーソドックスなモハール金貨の条件がそろっていますが、これは幻のコインとも称されるほど希少です。
⑥(M)マドラスミント
- コンティニュオスレジェンド
- フォックスフェイス
- ラージデイト
- クロスレット4
- WWの刻印がなくSが刻まれている
インドのマドラス(現在のチェンナイ)で発行されたモハール金貨には、WWの刻印がないのが特徴です。発行数は3万2千枚と伝えられていますが、過去に市場に出た数は数例に過ぎません。
⑦(C)カルカッタミント
- コンティニュオスレジェンド
- フォックスフェイス
- ラージデイト
- クロスレット4
- WWなし
カルカッタで発行された①のオーソドックスなものとは異なるこちらは、まさにマニアックなコインといわれています。
これら7種のモハール金貨、発行枚数の多寡はともかく、過去の鑑定枚数がいずれも低いことでは共通しているのです。
ちなみに裏面に彫られた文字は、「EAST INDIA COMPANY(東インド会社)」。
イギリス経済の土台を築いたその名が残されているのです。
その他のモハール金貨
今日取り上げたのは、1841年に発行されたヴィクトリア女王のモハール金貨です。
モハール金貨は、ヴィクトリア女王の前任者ウィリアム4世の時代の1835年、またヴィクトリア女王が40代に入った1862年発行のものもあります。
ウィリアム4世のモハール金貨、1841年発行のモハール金貨の裏面には、ライオンとヤシの木がデザインされています。ライオンはイギリスの象徴であり、ヤシの木は「勝利」や「名声」のシンボルとされてきました。
ウィリアム・ワイオンが手掛けたこのデザインもまた、モハール金貨の人気の要因のひとつです。
モハール金貨が作られた当時の時代背景
▲「ヨーロッパの祖母」と尊崇されたヴィクトリア女王の肖像
64年という長い治世を誇ったヴィクトリア女王。
ヴィクトリア女王の存在は、当時の英国だけではなく、ヨーロッパや世界の植民地にも影響を与えました。
1841年、モハール金貨が発行された当時の様子をご説明いたします。
ハノーヴァー王朝最後の女王
ヴィクトリア女王が生まれたのは1819年、ドイツの貴族からイギリス王となったハノーヴァー家の1人です。
ハノーヴァー王家は代々スキャンダルが多く、ドイツの家系ということもあり、なかなか英国に馴染めなかったといいます。
ヴィクトリア女王の叔父ウィリアム4世は「海の提督」といわれるほど軍事の才能があり、また政治的手腕に優れ、ようやくハノーヴァー家も英国王らしい威厳を獲得しつつありました。そのウィリアム4世には嫡子がいなかったため、ウィリアム4世の弟ケント公エドワードの一人娘ヴィクトリアが女王となったのです。
ヴィクトリア女王は1839年、20歳のときにザクセン=コーブルク=ゴータ家(のちにウィンザー家に改名)のアルバートと結婚します。
1841年にモハール金貨が発行された年、ヴィクトリア女王は22歳でした。威厳ある女王であると同時に、幸福な家庭生活を持つ若々しさがあふれています。
華やかなヴィクトリア時代
ヴィクトリア女王が君臨していた19世紀、イギリスはヴィクトリア時代と呼ばれる繁栄を謳歌します。
とくに、モハール金貨が発行された1940年代からは、イギリスは世界経済の覇者となり大英帝国の黄金時代を迎えます。
工業化と都市化が急速に進んだイギリスでは、強力な経済を背景に中流階級が台頭し、文化や道徳にも影響を与えました。現在の歴史家たちはこの時代のイギリス人について、勤勉で自立心が旺盛で、自由の気概を有していたと評しています。
科学の分野も著しい発展を遂げ、ダーウィンによる《種の起源》が世に出たのは1859年のことでした。この著書によって、イギリス釈迦界にあった古い世界観は大きく変わったといわれています。
サッカーや登山などの娯楽が、中流階級に浸透したのもヴィクトリア時代であり、英国にとっても幸福な時代であったといえるでしょう。
国民の規範として
ヴィクトリア女王と王配アルバ―トの間には、実に9人の子供が生まれました。
この子供たちは、プロイセン王家をはじめ欧州各国の王室と婚姻関係を結んだため、ヴィクトリア女王は「ヨーロッパの祖母」と呼ばれるようになります。
異性関係に問題があったハノーヴァー王家の王たちとは異なる、平和で幸福なヴィクトリア女王の家庭生活は、イギリス国民の規範とも仰がれていました。
1901年、82歳でヴィクトリア女王が亡くなったときには、40人の孫と37人のひ孫がいました。
モハール金貨の価格推移
大英帝国の黄金時代の象徴ともいえるヴィクトリア女王のモハール金貨。
コレクターのあいだでも大変人気のある同コインの価格は、どのくらいになるのでしょうか。
モハール金貨が人気の理由とは
モハール金貨の魅力は様々です。
流通がインド国内に限られていたために市場に出る数が非常に少ないこと、ワイオンによる躍動的かつ気品あるデザイン、そして若く美しいヴィクトリア女王の肖像が人気の理由です。
1841年、まさに若き女王を擁し経済大国へと駆け上ろうとしていたイギリスの勢いが、コインに込められているようです。
こうした人気の理由から、モハール金貨の価格に直結しているわけです。
モハール金貨の取引額
モハール金貨は良好な状態のものが少ないため、市場に出るものは状態やバリエーションによって価格に相違が出ます。
世界のアンティークコインを扱うサイトを参考にすると、モハール金貨は150万円から390万円ほどで推移しているようです。
1841年発行のものにかぎらず、他のモハール金貨も高額で取引されています。
今後の動向は?
今後、モハール金貨の価格はどうなっていくのでしょうか。
金の値上がりとモハール金貨の現存枚数の世界的な減少により、アンティークコインへの注目度が高まっている昨今の事情を考慮すると、人気の高いモハール金貨は今後も値が下がる可能性は低いといえるでしょう。
モハール金貨の価格推移
現存枚数は少ないものの、発行枚数は44万枚を超えています。そのため、ダイ(金型)の交換にともない、細分類もたくさんあります。
MS61
カルカッタミント
2022年8月25日に$10,800で落札。
MS62
カルカッタミント
2022年1月19日に$22,800で落札。
MS63
B&Cミント
2022年1月7日に$23,400で落札。
PF66
カルカッタミント
2020年8月5日に$66,000で落札。
リストライクではありますが、プルーフでハイグレードだと高額になります。
大英帝国の栄光の象徴として輝くモハール金貨をお手元に!
エリザベス1世、ヴィクトリア女王、そしてエリザベス2世。
イギリスが輝いた時代には、魅力的な女王が君臨しています。
1814年に発行されたモハール金貨は、芳紀22歳のヴィクトリア女王が刻まれた美しいコインです。発行年数は1年であるにもかかわらず種類が多彩で、アンティーク・コインの愛好者にも特に人気のあることで知られています。
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