古代エジプトと言えば四大文明のひとつに数えられ、
周辺地域が文明化して勢力を増してなお、
崇敬を集める大文化であった。

しかし、紀元前7世紀頃からはかつての栄光は翳り、
徐々に衰退していった。

そして、紀元前332年には
マケドニアのアレクサンドロス大王によって
エジプト王朝は滅亡してしまう。

しかし、紀元前323年アレクサンドロス大王の死後、転機が訪れる。
当時、エジプトの太守を任されていたのは
大王の幼馴染にして側近のプトレマイオス。

彼はエジプトを根拠地に
大王のディアドコイ(後継者)として名乗りを挙げて巧妙に立ち回り、
自国を保全、領土を拡大し、
内政を充実させてエジプト文化を復興させるのである。

Continue reading →


孔の開いたコインは日本では見慣れたものである。

五円玉と五十円玉がこれに該当する。

しかし、インド以西に目を転じてみると
孔の空いたデザインのコインというものは大変珍しい。

そのため、
海外旅行に行く際に日本の五円玉をお土産に持っていったりすると、
現地の人に喜ばれることが多い。

なぜ日本ではありふれた孔の開いたコインがインド以西では珍しいのか。

その答えは、東洋と西洋の貨幣史の違いにある。

今回は少し西洋のコインから離れ、
東洋のコインの発達について古代中国を中心に見てみよう。

Continue reading →


それは確かに奇跡だった。

「王太子のもとに赴き、オルレアンの囲みを解いて王太子をランスで戴冠させよ。」

その声はフランスの田舎、ドンレミ村に住む少女の心にそう命じた。

その声はフランスの守護天使ミカエルのものだったとも
聖女マルグリットや聖女カトリーヌのものだったとも言われる。

浪漫の無い解釈としては幻聴だったのではないかともされている。

しかしながら、
この声を聞き、その命じるところに従った少女によって
確かに世界史上に残る奇跡が生じたのは
誰にも否定できない事実である。

Continue reading →


「君が自分の務めを果たすにあたって、
寒いか温かいか、眠いか寝たりているか、
評判がいいか悪いか、死に瀕しているのか他のことをしているのか、
気にかけるな。

なぜなら、死ぬということも人生の行為のひとつだ。
だから、そのことにおいても、
『今やっていることを善くやること』で充分なのだ。」

「次のたったひとつのことに安らぎを見出そう。
それはつねに神を思いながら、
ひとつの使命また次の使命とやり続けることだ」

古代ローマ時代に生きた、とある哲学者の著書にある言葉である。

その著書の題は後年『自省録』と呼ばれている。
著者の名はマルクス=アウレリウス=アントニヌス。

五賢帝の最後の一人、第16代ローマ皇帝である。

Continue reading →



ローマ五賢帝。

少しでも世界史やヨーロッパ史にふれたことがあれば、
その言葉くらいは聞いたことがある人が多いのではなかろうか。

文字通り、
古代ローマ帝国全盛期を演出したと後世に評価された
連続する五人の皇帝を示す言葉である。

その5人とはネルウァ、トライアヌス、ハドリアヌス、アントニヌス=ピウス、マルクス=アウレリウスだ。

彼らの先頭を走った皇帝ネルウァ。
その遍歴を少しばかり紐解いてみよう。

Continue reading →


中世ヨーロッパ。
古代ローマ帝国やフランク王国による安定などはるか昔となり、
いくつかの大国に加えて無数の中小国家が入り乱れる混乱の時代であった。

そんな中世も後半に差しかかると、
いくつもの国の王位を兼任することで
ヨーロッパ全土に影響力を行使する化け物といえる家系が現れた。

オーストリアのハプスブルク家である。

ハプスブルク家の武器はその多産であった。
彼らは積極的に政略結婚を繰り返し、王位継承権を手に入れ、
武力を用いることなく国々を傘下に収めていった。

この家の家訓に言う。
「幸いなるオーストリアよ、戦いは他のものに任せるがよい。汝、結婚せよ。」

Continue reading →


ポンパヘアやポンパといった髪型を
少なくとも聞いたことはあるだろう。

正式にはポンパドゥールと言い、
一般に前髪を高くあげて額をだし、
頭頂部で膨らみをもたせ、
後頭部でまとめた髪型である。

この髪型の由来はとある女性にある。

その名は
ジャンヌ=アントワネット・ポワソン・マルキーズ・デ・ポンパドゥール。

Continue reading →