究極に無難な皇帝!ネルウァの鮮やかすぎる手腕とは
ローマ五賢帝。
少しでも世界史やヨーロッパ史にふれたことがあれば、
その言葉くらいは聞いたことがある人が多いのではなかろうか。
文字通り、
古代ローマ帝国全盛期を演出したと後世に評価された
連続する五人の皇帝を示す言葉である。
その5人とはネルウァ、トライアヌス、ハドリアヌス、アントニヌス=ピウス、マルクス=アウレリウスだ。
彼らの先頭を走った皇帝ネルウァ。
その遍歴を少しばかり紐解いてみよう。
とりあえず担ぎ上げられた皇帝
A.D.96年9月18日、ローマ皇帝ドミティアヌスが暗殺された。
家庭内の不和が原因である。
この皇帝は軍からの支持が圧倒的であったものの、
国会である元老院を弾圧する政策を行なったため、
政治家からは不人気であった。
ここで元老院は
マルクス=コケイウス=ネルウァという既に齢70歳の男を担ぎ上げ、
混乱が起きる前に皇帝として承認した。
彼は名門貴族にして元老院議員であったが、
武功があるわけでもなく、
行政手腕で名をあげたわけでもなかった。
「とりあえず、無難そうな人選を」という元老院の意向が透けてみえる。
だが、2代前の賢帝ウェスパシアヌス、
そしてドミティアヌスの両方と親しい立場で
職務をこなした経歴を持つ彼は究極に無難な人物であったと言えよう。
実際ネルウァは無難な方針をとる。
元老院弾圧しつつも改革者であったドミティアヌスの政策を全て廃することはせずに、
基本的に引き継ぎつつ、
元老院を尊重することも宣言した。
すなわち、親ドミティアヌスでも反ドミティアヌスでもなく、
中立な立場でいることを選択したのだ。
元老院に対する配慮としては、
要職に過去の英雄や名門貴族を登用することで
伝統を重視することを示したことが挙げられる。
かつて一軍を率いて名を馳せた
ウェルギニウス=ルフス約80歳、
他にもスェストリキウス=スプリンナ73歳などが政権中枢となり、
皇帝本人の老齢もあわせてあたかも老人政権のようであった。
だが、政治的思想にとらわれず、
適材適所の人材抜擢も同時に行なった。
例えば、フロンティヌスという人物を
ローマの水道長官に起用した。
彼はローマの水道システムの集大成ともいうべき技術書を後に完成させる。
また、国税長官には
個人的な金銭欲は薄いが富というものの重要性を理解していた
小プリニウスという人物を就けた。
ローマ市民としてもネルウァは諸手を挙げて、
とはいかないまでも歓迎すべき皇帝であった。
ローマ帝国は血縁による帝位の相続というやり方に
これまでに2度失敗していた。
ネルウァには子が無く、
さらには新しくつくることが難しい年齢とあれば、
自然、その後継者は血縁ではなく
能力で選ばれるであろうという期待があったのだ。
老皇帝への期待は未来への希望であった。
賢帝の選択
しかし、皇帝就任も1年ほどが経過すると、
反ドミティアヌスではないということで
ネルウァを消極的に支持していた軍が不穏な動きを見せ始める。
よく言えば中立的、
悪く言えばどっちつかずな立場をとる皇帝に
不満が溜まり始めたのである。
最高司令官たる皇帝といえど、
現場の軍の声を無視することは破滅を意味していた。
ここで、老練なネルウァは元老院に諮ることなく、
独自に対策を実行する。
97年10月、突然後継者を指名し、養子とすることを発表したのである。
養子の名はマルクス=ウルピウス=トライアヌス。
新興とはいえ貴族にして元老院議員であり、
最重要国境線を守る軍団司令官のひとりでもあった。
年齢も44歳とまさに働き盛りである。
これには元老院も文句のつけようが無く、
軍も身内からの抜擢ということで嫌というはずがなかった。
この逆転にして最高に無難な一手を放って3カ月後、
皇帝ネルウァは静かに息を引き取るのであった。
あとを継いだ養子、トライアヌスは
ローマ帝国の最大版図を支配した皇帝となるのである。
コインについて
今回ご紹介するコインは
96-98年にローマ帝国で発行されたデナリウス銀貨だ。
デナリウス銀貨は共和政ローマの時代から鋳造され、
刻印を代えながら500年弱にわたって流通した。
コインの片面にはネルウァの横顔がある。
周囲にある文字は
IMP NERVA CAES AVG P M TR P COS II P P
と読める。
IMP NERVA CAES AVGは
インペラトール ネルウァ カエサル アウグストゥスの略であり、
ローマ軍最高司令官にして
カエサルとアウグストゥスの後継者ネルウァというような意味である。
P Mはローマ最高神祇官の略称である。
ローマにおいて皇帝は宗教面でも頂点であった。
TR Pは護民官特権の略称で、
身体不可侵や元老院決議への拒否権といった特権を示す。
COS IIはコンスル、
すなわちローマ執政官を2回勤めたとの意である。
P Pはパーテル パトリアエの略で、国家の父と訳せよう。
もう片面には握手する手が刻印されている。
その下にあるのは判然としないが船であり、
その舳先からローマ軍団旗が手の上まで伸びている構図になっている。
周りにある字はCONCORDIA及びEXERCITVVMである。
前者は協調、相互理解などを司る女神、コンコルディアの名であり、
転じて相互理解や協調そのものも指す。
後者は軍の意だ。
ローマ軍に気を使いつつ、
絶妙なバランス感覚でローマ帝国全盛期へとバトンを繋いだ
ネルウァの在り方が凝縮されているようなコインと言えよう。
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