ナポレオン金貨

ナポレオン金貨はフランスでかつて発行されていた
20フラン金貨である。

「ナポレオン金貨」という名称がどのコインを指すかには
いくつかの解釈があり、どれが正しいということはできない。

ナポレオン1世、
すなわちナポレオン=ボナパルトが刻印された金貨であるという解釈、
彼の甥であるナポレオン3世が発行した金貨が該当するという解釈などがある。

現在では一般的に、
ナポレオン3世の肖像刻印を持つ20フラン金貨を中心とした、
コイン投資の対象となっている20フラン金貨の総称として
この名称は用いられているようだ。

とはいえ、ナポレオン金貨を導入したのは
他ならぬナポレオン=ボナパルトであって、
このコインについて語るとき、ナポレオン1世を無視することはできない。

ナポレオン金貨の誕生

1789年のフランス革命以前に使われていた
フランスの通貨単位はリーヴルであった。

補助通貨との交換レートは1リーヴル=20スー=240ドゥニエである。

当時はリーヴル以外にも
エキュ銀貨、ルイ金貨といった貨幣が流通しており、
レートとしては一定せず3~6リーヴルで銀貨、
20~40リーヴルで金貨と交換できたようだ。

1795年、
フランス革命政府はリーヴルにかわって新通貨フランを導入した。
また、アッシニアという紙幣を流通させた。

ところが金融政策の失敗、資金確保のための無軌道な紙幣増刷等により
アッシニアは貨幣としての信用を失ってしまう。
結果、発生したのがハイパーインフレだ。

1795年発行のアッシニア

1795年発行のアッシニア

どれくらい「ハイパー」かというと、
アッシニアの価値が1年強で0.8%になったのである。
例えるとすると、
1万円札で80円の商品しか買えないという事態である。

こうした経済の大混乱に対し、
革命の動乱の中でフランスのトップにのぼりつめたナポレオン=ボナパルトは
1800年中央銀行たるフランス銀行を設立して商業信用の回復を図った。
中央銀行とは日本でいう日本銀行である。

そして、
1803年に法律によって改めてフランの価値が定義され、
ジェルミナール・フランと呼ばれるフラン貨幣が
フランス銀行から発行されて流通するようになった。

ナポレオン金貨が発行されたのもこのときである。

ナポレオン1世は
アッシニアの教訓からか自身の治世下では紙幣を発行せず、
専ら貴金属貨幣を流通させた。

ナポレオン=ボナパルト肖像画

ナポレオン=ボナパルト肖像画

1803年の法律によれば、
1フランの価値は純金約322.58mgもしくは純銀5gである。

こうした定義を背景に発行されたナポレオン金貨は
直径21mm、重さ約6.45g、金含有率90%、
額面は20フランであった。

つまり、純金約5.805gを含んでおり、
法律上の20フランの価値である純金6.4516gとそれほど大差はない。

大量に発行されたこともあって希少価値は小さく、
以降現代に至るまで
金価格とそれほど変わらない値段で取引されることになる。

当時の食料価格を基準として
現代の価値に当時の金価格を換算すると金1g=6000円程度である。

とすると、
20フランは6000×0.32258×20=38709.6円ということになるので、
当時のナポレオン金貨は現代換算で4万円弱ということになろう。

貨幣制度における10進法の普及

こうして誕生したナポレオン金貨は
ヨーロッパにおける機軸通貨のひとつとなっていく。

それにともなって
貨幣史における重要な変化がヨーロッパにもたらされることになった。

10進法の導入である。

リーヴル時代、
フランスの通貨は12進法と20進法の混在であった。
先述したとおり、1スー=12ドゥニエ、1リーヴル=20スーといった具合だ。
他の国でも似たような複雑さであった。

これに対し、
フランス革命政府は10進法マニアとでもいうべき性質を持っており、
通貨にもそれは導入された。

すなわち、
補助通貨との交換レートは1フラン=10ドゥシーム=100サンシームとされたのだ。

思想的背景、政治的背景は別にして
このほうが合理的で実用的なのは一目瞭然だろう。

そんなわけで、
他国でも次第に10進法体系の通貨制度が導入されていくことになる。

遠く日本にもその影響があり、
明治維新の後に導入された新通貨たる円の補助通貨との交換レートは1円=100銭であった。

ナポレオン金貨は歴史を変えたコインとも言えるのである。

概要

ナポレオン第1頭領発行 1種類
皇帝ナポレオン1世発行 6種類
ルイ18世発行 2種類
シャルル10世発行 2種類
ルイ・フィリップ発行 3種類
第2共和制フランス発行 2種類
ナポレオン3世発行 3種類
重さ・金純度・オンスは一定 グラム 純度 オンス
6.4516 0.9 0.1867

詳細

発行者 備考 発行年 重さ 金純度 オンス 鋳造場所
ナポレオン第1頭領 ナポレオンの左向きの横顔,年号がフランス革命暦表記,フランス共和国銘 1803 6.4516 0.9 0.1867 パリ
ナポレオン1世 同上,年号がフランス革命暦表記 1803 6.4516 0.9 0.1867 パリ
前年発行の物を再デザイン 1804-1805 6.4516 0.9 0.1867 パリ
リモージュ
ナント
トリノ
リール
ナポレオン1世 デザインに変更無し,年号表記を革命暦から西暦へ変更 1806 6.4516 0.9 0.1867 パリ
リモージュ
ペルピニャン
ナント
トリノ
リール
ナポレオン1世 ナポレオン1世の冠をつけた左向きの横顔 1807 6.4516 0.9 0.1867 パリ
トゥールーズ
トリノ
リール
ナポレオン1世 ナポレオン1世の冠をつけた左向きの横顔 1807-1808 6.4516 0.9 0.1867 パリ
ホルドー
トゥールーズ
ペルピニャン
トリノ
リール
ナポレオン1世 ナポレオン1世の冠をつけた左向きの横顔,フランス帝国銘に変更 1809-1814 6.4516 0.9 0.1867 パリ
ラ・ロシェル
ジェノヴァ
ボルドー
ベイヨン
トゥールーズ
トリノ
リール
ペルピニャン
ロンドン
ユトレヒト
ルイ18世 ルイ18世の右向きの胸像,フランス王ルイ18世銘 1814-1815 6.4516 0.9 0.1867 パリ
ルーアン
ボルドー
ベイヨン
ペルピニャン
リール
ナポレオン1世 ナポレオン1世の冠をつけた左向きの横顔,フランス帝国銘 1815 6.4516 0.9 0.1867 パリ
ベイヨン
リール
ルイ18世 ルイ18世の右向きの胸像,フランス王ルイ18世銘 1816-1824 6.4516 0.9 0.1867 パリ
ルーアン
ラ・ロシェル
ボルドー
ベイヨン
マルセイユ
リール
ペルピニャン
ナント
シャルル10世 シャルル10世の右向きの横顔,フランス王シャルル10世銘 1825-1830 6.4516 0.9 0.1867 パリ
ペルピニャン
ナント
リール
シャルル10世 シャルル10世の右向きの横顔,フランス王シャルル10世銘 1830 6.4516 0.9 0.1867 パリ
ルイ・フィリップ ルイ・フィリップの左向きの横顔,フランス王ルイ・フィリップ銘,縁が打刻による模様 1830-1831 6.4516 0.9 0.1867 パリ
ルーアン
リール
ルイ・フィリップ ルイ・フィリップの左向きの横顔,フランス王ルイ・フィリップ銘,縁が盛り上がっている 1830-1831 6.4516 0.9 0.1867 パリ
ルーアン
ナント
リール
ルイ・フィリップ ルイ・フィリップの左向きの横顔,フランス王ルイ・フィリップ銘 1832-1848 パリ
ルーアン
ベイヨン
ナント
リール
フランス共和国 憲法を記す女神の立像 1848 6.4516 0.9 0.1867 パリ
フランス共和国 自由の女神の右向きの横顔 1849-1851 6.4516 0.9 0.1867 パリ
ナポレオン3世 ナポレオン3世の右向きの横顔,ルイ・ナポレオン・ボナパルト銘とフランス帝国銘 1852 パリ
ナポレオン3世 ナポレオン3世の右向きの横顔,ナポレオン3世銘とフランス帝国銘 1853-1860 6.4516 0.9 0.1867 パリ
ストラスブルク
リヨン
ナポレオン3世 ナポレオン3世の右向きの横顔,ナポレオン3世銘とフランス帝国銘 1861-1870 6.4516 0.9 0.1867 パリ
ストラスブルク

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