【幻の守護獣】スイス・バーゼルのバジリスク金貨が語る、自由都市の栄華と芸術の極致

▲「バシリスクとイタチ」ヴェンツェスラウス・ホラー 作
コインの表面から放たれる圧倒的な威厳と、伝説の怪物の眼差し。
スイスの古都バーゼルが生み出した「バジリスク」の金貨は、単なる通貨の枠を超え、歴史の転換点を語り継ぐ至高の芸術品です。
18世紀後半に激動の欧州において、ライン川沿いの自由都市として中立と高度な自治を貫いたバーゼル。その不屈の精神と富の象徴として、なぜ「死を呼ぶ架空の生物」であるバジリスクが守護獣に選ばれたのでしょうか?
本記事では、希少性の極致とされるスイス カントン バーゼル バジリスク 4ダカット金貨を中心に幻の守護獣、そして歴史的背景から自由都市バーゼルの輝きについて深掘りしていきます。
スイス カントン バーゼル バジリスク 4ダカット金貨

基本データ
| コイン名 | スイス カントン バーゼル バジリスク 4ダカット金貨 |
|---|---|
| 通称 | バジリスク 4ダカット金貨 |
| 発行年 | 1740年 |
| 国 | バーゼル市 (スイス) |
| 額面 | 4 Ducat |
| 種類 | 金貨 |
| 素材 | 金 |
| 発行枚数 | 不明 |
| 品位 | Gold |
| 直径 | 約29mm |
| 重さ | 約13.8g |
| 統治者 | - |
| デザイナー | - |
| カタログ番号 | KM# Pn10, Fr# 63 |
| 表面のデザイン | バーゼルの紋章入りの盾を持つバジリスク、周囲にレジェンド |
| 表面の刻印 | DOMINE CONSERVA NOS IN PACE (主よ、我らを平和のうちに守りたまえ) |
| 裏面のデザイン | バーゼルの都市景観の上に8つの盾、下部に年号 |
| 裏面の刻印 | BASILEA 1740 H |
| エッジのタイプ | - |
| エッジの刻印 | - |
スイス・バーゼル バジリスク 4ダカット金貨とは?

▲スイス・バーゼル市の紋章を掲げるバジリスク(1503年~1515年頃)
スイス北西部の古都バーゼルが生んだスイス カントン バーゼル バジリスク 4ダカット金貨は、単なる高額なアンティークの金貨ではありません。
そこには、自由都市としての誇り、三十年戦争を越えて守られた自治の精神、そして都市を見守る守護獣バジリスクの伝説が、黄金の中に凝縮されています。ライン川沿いに発展したこの都市は、架空の生物を象徴として掲げながら、独自の歴史と文化を築き上げました。
本記事では、バーゼルとバジリスクの関係、都市景観コインに込められた政治的・芸術的メッセージ、そしてコレクターを魅了し続ける理由を歴史を紐解き丁寧に読み解いていきます。
希少性の極致:4ダカット金貨
18世紀(特に1700年代後半)に発行されたバーゼルの4ダカット金貨は希少性が高くコレクターの間で「伝説の逸品」とされています。4ダカットという高額面は、日常的な流通よりも、外交的な贈答品や特別な記念品として製造されることが多く、現存数は極めて限られています。
金貨の重量は約13.8 g前後、直径は約29 mm 。表面にはバーゼルの紋章を誇らしげに抱えるバジリスク。鋭い嘴、鶏の頭、蛇の尾、そしてドラゴンのような翼を持つその姿は、彫刻師の卓越した技術により非常に緻密に表現されています。刻印にはラテン語で 「DOMINE CONSERVA NOS IN PACE」 (主よ、我らを平和のうちに守りたまえ)という敬虔な祈りが刻まれています。
裏面にはシティビューと呼ばれる当時の街並みのパノラマ図が採用され、ライン川、街を繋ぐ橋、そして大聖堂の塔が細かく刻まれています。街の景観の上部にはバーゼルの行政区を象徴する8つの小さな紋章が扇状に配されています。これは、都市の団結と秩序を視覚的に表現したものです。
バーゼルの守護獣「バジリスク」とは?

▲バーゼル市内で見られるバジリスク噴水
スイス北西部、ライン川の静かな流れに寄り添うように佇む古都バーゼル。この街を訪れる者が必ず目にする存在、それが至る所に刻まれた伝説の獣”バジリスク”の姿です。
恐怖と威厳を同時に湛えるこの幻獣は、バーゼルにおいて単なる伝説以上の意味を持ち、都市の精神そのものを映し出してきました。
バジリスクの起源は古代ギリシャに遡り、「小さな王」を意味する名を持つ怪物として、中世ヨーロッパでは視線や吐息だけで命を奪う最凶の存在と恐れられていました。しかしバーゼルでは、その恐怖が独自の解釈を与えられます。

▲「バジリスク」メルヒオール・ロルク作 1548年
都市名バーゼル(Basilia)と、古代ギリシア語で王を意味するバシレイア(Basileia:Βασιλεία)の音の近さという偶然から、15世紀にはすでにバジリスクは街を象徴する守護獣として受け入れられていました。
そして伝説によればかつてバーゼル中心部のゲルバーベルクライン(Gerberberglein)の地下洞窟にバジリスクが棲んでいたとも言われています。
その結びつきを象徴する出来事が、1474年に実際に行われた「バジリスクの卵を産んだ雄鶏の裁判」です。雄鶏が卵をうむというのは自然と当時の法律に反するだけでなく、非常に危険な考えでした。
当時の人々は、年老いた雄鶏が産んだ卵からバジリスクが誕生すると本気で信じていました。また、雄鶏の卵がヒキガエルやトカゲに見つかり、孵化させられるとバジリスクが生まれることは当時の誰もが知っていたそうです。
都市を壊滅させる怪物の誕生を阻むため、その雄鶏は正式な法廷に立たされ、判決の結果、街の広場で火刑に処されました。この事件は、当時の人々にとって伝説は空想ではなく、都市の存亡を左右する「現実」と地続きであったことを静かに物語っています。
注目すべきは、バーゼルがこの恐るべき存在であるバジリスクを排除するのではなく、むしろ街の象徴として抱きとめた点にあります。バジリスクは外敵や災厄を退ける守護の力を託され、市の精神的支柱となりました。
大国の思惑が交錯する中でも自由都市として自治を貫き、三十年戦争の混乱を経ても独立したアイデンティティを保ったバーゼルにとって、バジリスクの持つ力への恐怖を制御し、守護へと昇華する知恵こそが強さの源泉だったのです。
バーゼルの栄光を刻む「八つの紋章」と都市景観

▲バーゼル市 ライン川沿い風景
スイス・バーゼルが発行した数あるコインの中でも、とりわけ芸術性と政治的意志が高度に結晶しているといわれるのが、都市景観、いわゆる「シティビュー」の意匠を備えた作品です。
なかでも1740年頃に製造された4ダカット金貨の裏面には、都市国家としての栄光と自負が「八つの紋章」というかたちで静かに、しかし雄弁に刻み込まれています。
裏面上部に水平に並ぶ八つの盾は、単なる装飾ではなく、当時バーゼル市と政治的・経済的に深く結びついていた周辺の行政区や自治体を象徴するものです。
ラムシュタイン、リースタル、ヴァルデンブルク、ファルンスブルク、ホンブルク、ミュンヘンシュタイン、プラッテルン、リーエン―これらの名を一列に掲げることは、バーゼルが単独の都市ではなく、周辺地域と強固な連帯を築く共同体の中心であることを内外に示す、明確な政治的メッセージでした。
その下に広がるのは、ライン川を中心としたバーゼルの遠景です。大聖堂の尖塔やミットレレ橋が精緻に刻まれたこの都市図は、抽象的な象徴ではなく、実在する繁栄と秩序を可視化したものといえるでしょう。
スイス バーゼル バジリスク ダカット金貨が作られた当時の時代背景

▲1761年の『スイス連邦地形図』に描かれたバーゼルの様子
このコインが生まれた背景には、当時のバーゼルの誇り高い政治体制と、驚くべき経済的繁栄が深く関わっています。
こちらではバジリスク・ダカット金貨が発行された時代のスイス・バーゼルについて、深掘りしていきます。
「自由都市バーゼル」の独立自尊

▲「 バジリスクー自然の花々」 ヤコブ・ファン・マールラント 作
バーゼルのバジリスク・ダカット金貨が発行された18世紀(特に1700年代後半)は、スイスが中世の伝統を残しながらも、近代へと変貌を遂げる直前の自由都市としての黄金時代でした。
自由都市バーゼル(Freie Reichsstadt Basel)という呼称は、単なる行政区分ではなく、この都市が自らをどのように理解し、世界に示そうとしていたかを端的に表す言葉です。バーゼルの独立自尊とは、武力による誇示ではなく、法・経済・文化の成熟によって裏打ちされた、きわめて理知的な自立意識でした。
中世以来バーゼルは、神聖ローマ帝国の枠内にありながら皇帝と直接結びつく「帝国自由都市」として、領邦君主や司教の支配を受けない高度な自治権を獲得していました。特に決定的だったのは、16世紀に司教が都市を去り、統治権が完全に市民政府へと移行したことです。これによりバーゼルは、名実ともに市民による共和国として歩み始めました。
18世紀に入ると、この政治的自立は経済的・文化的成熟によってさらに強固なものとなります。ライン川水運の要衝に位置するバーゼルは、北海と地中海世界を結ぶ交易ネットワークの結節点として繁栄し、商人・銀行家・学者が集う国際都市へと成長。出版・学問の分野でも、バーゼル大学を中心に人文主義の伝統が受け継がれ、「知の都市」としての名声を確立していきます。
その象徴が、バーゼルが自らの名で製造した金貨や銀貨です。とりわけダカット金貨は、ヨーロッパ全域で通用する国際規格であり、それを発行できるという事実そのものが、都市の信用力と主権の証明でした。
八つの紋章ーバーゼルによる地方支配(Landschaft)の構造

▲バーゼルの市章
バーゼルの市章には上部が渦巻き状になったカトリックの司教が持つ杖である司教杖(Baslerstab)と呼ばれるものがデザインされています。
バーゼルの4ダカット金貨やターラー銀貨の裏面に整然と刻まれた八つの紋章(Eight Shields)は、単なる装飾ではありません。それは、18世紀のバーゼルが一つの都市にとどまらず、周辺地域を統合した都市国家(City-State)として機能していた事実を雄弁に物語る、きわめて政治的な図像です。
当時のバーゼル市は、ライン川交易によって得た富と通行権を背景に、周辺の要衝や農村部を段階的に取得し、Landschaft(地方領)と呼ばれる支配構造を築き上げていました。金貨に刻まれた八つの紋章は、バーゼル市が任命した代官によって統治された主要行政区を象徴しています。
なかでもリースタル(Liestal)は最大かつ最重要拠点であり、南方への交通路を押さえる軍事・経済の要として、都市を外敵から守る盾の役割を担っていました。
ヴァルデンブルク(Waldenburg)やホンブルク(Homburg)はジュラ山脈へ至る街道を管理し、関税徴収と峠道防衛によって物流の要を掌握していたことを示しています。
さらに、ファルンスブルク(Farnsburg)やラムシュタイン(Ramstein)といった城塞地域の紋章は、旧来の貴族勢力を抑え、市民共和制が主権を握った政治的勝利の象徴でもありました。加えて、ミュンヘンシュタイン(Münchenstein)・プラッテルン(Pratteln)・リーエン(Riehen)などの近隣地域は、都市に食料や資材を供給する背後地であり、絹織物やリボン産業を支える労働力の源でもありました。
八つの紋章を水平に、等価に並べる構成は、これら多様な地域が一体となってバーゼルの経済圏を形成していることを示すと同時に、都市の庇護のもとに秩序と繁栄がもたらされるという主従関係を静かに正当化しています。
この金貨は、富の誇示にとどまらず、統治・連帯・服従という都市国家バーゼルの構造そのものを、黄金の円盤に封じ込めた証言者なのです。
激動の前夜:平和への祈り

▲バーゼルで立てられた「自由の木」。他の地域でも、これに倣って革命と自由・解放を象徴する木が立てられた
1798年、バーゼル市とその周辺地域が長い年月をかけて築き上げてきた都市と地方の共生関係は、フランス革命という激流の中で、静かに、しかし決定的に終焉を迎えました。ダカット金貨やターラー銀貨に刻まれた「八つの紋章」が象徴していた統治体制は、この年を境に歴史の舞台から姿を消すことになります。
1789年に始まったフランス革命は、「自由・平等・博愛」という理念を掲げ、国境を越えて思想を輸出しました。フランスと接するバーゼルは、その影響を最も早く、そして深く受けた都市の一つでした。
金貨に描かれた八つの地域の人々は、都市の富を支える存在でありながら、政治的決定権を持たない立場に置かれており、都市エリートへの不満は長年蓄積していました。そこに革命思想が流れ込み、「なぜ我々は都市の代官に従わなければならないのか?」という疑問が、ついに公然と叫ばれるようになります。
1798年初頭、リースタルをはじめとする近郊地域で「自由の木」が立てられ、都市支配からの解放を求める動きが噴出しました。同年、ナポレオン率いるフランス軍がスイスへ侵攻し、数世紀にわたり続いてきた自治的カントン体制は解体されます。
フランスの主導によって樹立されたヘルヴェティア共和国(現在のスイス)のもと、都市が地方を支配する代官制度は廃止され、バーゼル独自の貨幣発行権も失われました。バジリスクや都市景観、八つの紋章を刻んだ金貨は、もはや現役の統治象徴ではなく、失われた体制の記憶となったのです。

▲バーゼル分割の風刺画、1833年
この断絶は、後の1833年に起きるバーゼル分割への伏線ともなりました。一時は平等が掲げられたものの、都市と地方の溝は埋まらず、最終的に地方部はバーゼル市と決別し、バーゼル=ラント州として独立します。
迫り来る変革の気配の中で、あえて守護獣と八つの紋章を誇らしげに刻んだその姿は、消えゆく自由都市バーゼルの静かな抵抗と、気高いプライドを今に伝えているのです。
スイス バーゼル バジリスク ダカット金貨の種類・その他のコイン
こちらでは、スイス・バーゼル バジリスク ダカット金貨の種類、そしてその他のコインついてご紹介します。
1741年バーゼル バジリスク 20ダカット金貨

20ダカット金貨は当時の自由都市バーゼルが発行したパターン金貨で、都市の威信と芸術性を示す象徴的な作品です。この金貨は品位98.6 %の金を使用し、重さは約 68.94g です。
表面にはバーゼルの守護獣である バジリスクが楕円の盾を支える姿が描かれています。バジリスクは都市の守護と力の象徴であり、この金貨でもバーゼルの自立と誇りを強く表現しています。周囲にはラテン語の祈り “DOMINE CONSERVA NOS IN PAC…”(主よ、我らを平和のうちに守りたまえ) が刻まれています。
裏面には、細密に描かれた バーゼルの都市景観(City View) が配置され、その上部に 八つの小さな紋章(Eight Shields) が弧を描くように並んでいます。これらの紋章は、バーゼルが支配・連帯していた周辺地域を象徴しており、都市と領域共同体の構造を示す重要な象徴要素です。中央には都市名 BASILEA と発行年 1741年が刻まれています。
1743年 バーゼル 2ダカット金貨

重量 約6.87g、品位98.6%の金で作られた2ダカットは、金貨としては比較的扱いやすいサイズながら、経済的・外交的な信頼を示す高額通貨でした。
表面には、守護獣であるバジリスクが楕円形盾を支える姿が描かれ、その足元に八つの小領紋章 が配されています。周囲にラテン語銘文DOMINE CONSERVA NOS IN PACE(主よ、我らを平和のうちに守りたまえ)が刻まれています。
裏面は、都市景観を描いたシティビュー で、ミットレレ・ブリュッケ(ライン川にかかる橋)や市街地が細かく表されています。中央には都市名 BASILEA が明記され、都市の具体的な姿が刻まれています。
この 2ダカット金貨は、彫刻師ヨハン・ハインリヒ・ハーンハルト(JHH) によって作られたことがわかっており、当時の金細工レベルの技術が凝縮された一枚と言えます。
「鳴く雌鶏(Glückhenne)」12ダカット金貨

「都市景観」と、ひなを守る母鶏のイメージがデザインされています。都市の管理者と市民の間の争いを寓話的に表現したとされています。これはバーゼルの大評議会が「子供たちの保護」に気を配っていることを意味しており、ラテン語で「彼女は養い、守る」と刻印されています。直径は43mm、重量は40.9g。
同じようなデザインで3ダカット金貨や銀貨もあります。
MS61が2021年3月26日に132,000ドルで落札。
パラマウントコレクションより。
年号不明(1700年以降とされる)

古代ローマの元老院議員で執政官であり、オクタヴィアヌスに「アウグストゥス(尊厳なる者)」の称号を与えることを提案したルキウス・ムナティウス・プランクスを描いた珍しい金のメダルです。裏にはバシリスクがデザインされています。
紀元前44年にユリウス・カエサルの命令を受けて、スイス北部に「アウグスタ・ラウリカ(現在のバーゼル近郊)」を建設しました。その翌年の紀元前43年には、現在のフランスの「リヨン(当時の名前はルグドゥヌム)」も創設しました。
NGC MS63 Prooflikeが2021年3月26日に96,000ドルで落札。
パラマウントコレクションより。
1700〜1710年 バーゼル バジリスク1ターラー銀貨

こちらの1ターラー銀貨は、発行年は明記されずおおよそ1700〜1710年頃とされ、銀製・直径約42mm・重量約28.2gです。通貨単位のターラー(Thaler)は当時のバーゼル共和国における主要銀貨であり、スイス南北の交易に広く用いられました。
表面には 翼を広げた守護獣 バジリスク が右向きに描かれ、その足元にはバーゼルの紋章を取り囲むように小さな8つの紋章が並び、都市と周辺地域(Ämter)の連帯を象徴していることが分かります。
裏面には、 都市景観を背景に、ラテン語の祈り 「DOMINE CONSERVA NOS IN PACE」(主よ、我らを平和のうちに守りたまえ) の文字が刻まれています。刻印下には彫刻師 De Beyer(D B のイニシャル) の署名が入り、優れた彫刻技術と都市の誇りが見て取れます。
▲1756年発行の1ターラー銀貨
バジリスクのターラー銀貨には数種類のバリエーションが存在し、コレクターの心を揺さぶります。たとえば、盾に周囲装飾のあるタイプと装飾のないタイプ、バジリスクのデザインが異なるタイプ、都市景観のデザインが異なるタイプなど、製造時期や彫刻師の違いを反映した細かな変種があります。こうしたバリエーションは、同一カテゴリ内での識別ポイントとして収集者の関心を集めています。

▲1741年発行の2ターラー銀貨。
コインの価格推移
今回記事でご紹介したのは4ダカット金貨ですが、ほとんどオークションに出品された履歴がありません。
4ダカットのほか、その他の額面のオークション履歴をご紹介いたします。
1740年 4ダカット金貨 PCGS MS63

2023年8月17日に90,000ドルで落札。
1740年 3ダカット金貨 PCGS MS63 Prooflike

2025年1月13日に45,600ドルで落札。
1743年 2ダカット金貨 NGC MS63

2025年8月27日に36,000ドルで落札。
バジリスク金貨が語り継ぐ「自由都市」の不滅の記憶

▲バーゼル市のバジリスク彫像
スイス・カントン・バーゼルのバジリスク金貨は、単なる貨幣の枠を超え、一つの時代が到達した芸術と精神の結晶です。
自由都市バーゼルの独立自尊とは、外圧に抗う激情ではなく、長い時間をかけて培われた自治への確信でした。それは、黄金の貨幣や静謐な都市景観の中に、今なお気品あるかたちで息づいているのです。
激動の直前に発行された金貨は、いわば旧体制が放った最後の一閃であり、二度と再現できない歴史の一片。バジリスクのダカット金貨がこれほどまでに精巧で美しいのは、それが単なる金銭ではなく、消えゆく自由都市の最後の輝きだったからではないでしょうか?
アンティークコインという小宇宙に凝縮されたバーゼルの魂は、これからも色あせることなく、世界中のコイン愛好家を魅了し続けます。
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