「小便皇帝」?人間味あふれるローマ皇帝ウェスパシアヌスの一生

紀元68年、ローマ皇帝ネロが
反乱と元老院への対応に失敗し、追い詰められて自死した。
アウグストゥスに始まるユリウス・クラウディウス朝は
こうして終わりを告げる。

その後、反乱軍などから次々と皇帝が立っては倒れるという時期が続く。
中央の政治は千々に乱れ、
ローマ帝国の権威はまさに傾こうとしていた。

堅実とユーモアの男

ウェスパシアヌス立像

ウェスパシアヌス立像

ウェスパシアヌスという田舎貴族出身の男のキャリアは
第2代皇帝ティベリウス治世下のローマ軍団に始まる。
以降、彼は当時としては一般的な出世キャリアを積み重ねていく。

ローマ軍団100人隊隊長図

ローマ軍団100人隊隊長図

ローマ人のキャリアの最終到達点は属州総督である。
軍事をも統括する県知事とでもいえばいいだろうか。

ウェスパシアヌスは軍の指揮でも堅実な才を見せ、
無事に属州総督に出世した。

彼は決して才気煥発の傑出した人物ではなく、
地味なたたき上げであったが、ユーモアのセンスはあったようだ。
属州時代、恋した女と一夜を共にして大金を贈ったことがあった。
その支出を会計官にとがめられると、
「余に深情けをかけてくれたことへの謝礼」と答えたとされる。

軍事経験豊富で、田舎貴族出身で、
堅実で泥臭いたたき上げでありながらユーモアを忘れない男。

ウェスパシアヌスの人間像が見えてくると同時に、
皆に愛されたであろうということが容易に想像できる。

皇帝への堅実な道

67年、58歳になった彼は
ユダヤ民族の反乱を鎮圧すべく、皇帝ネロから司令官に任じられ、
現地へ向けて出兵した。
このユダヤ戦役中、ネロの自死をウェスパシアヌスは知る。

彼は、初めは新皇帝の樹立に支持を表明してきたが、
次々と皇帝が入れ代わる様子をみて配下の軍団の支持をもとに
皇帝に名乗りを挙げることを決意した。

内乱期の皇帝本拠地

内乱期の皇帝本拠地

彼を支えたのが
俊英のシリア総督ムキアヌス及び
エジプト長官アレクサンドロスであった。

彼らの支持により、
ローマ東方の軍団が全てウェスパシアヌス支持に回った。

ウェスパシアヌスと彼の息子ティトゥス、
そしてムキアヌスとアレクサンドロス。
有能な彼らの適切な役割分担と連携によって、
ユダヤ戦役の終結と首都ローマの奪取に成功する。

元老院もウェスパシアヌスを皇帝として承認した。

先行して首都ローマを抑え、
ガリア地方で発生していた反乱を鎮圧したムキアヌスは60年、
ウェスパシアヌスを迎え入れる。
久々に安定した皇帝の誕生であった。

ウェスパシアヌスとティトゥスの凱旋式

ウェスパシアヌスとティトゥスの凱旋式

堅実さとユーモアを忘れなかった皇帝

皇帝になった彼は
帝国を安定させるべく数々の改革を実行する。

「皇帝法」を定めて皇帝の権力を安定させ、
元老院議員に東方の属州出身者をも登用した。

また、国家の歳入増加にも力を尽くした。
26年前以降実施されていなかった「国勢調査」を実施して
適切な税収が行なわれるようにし、
さらに国有地の借地制度を見直して
厳密な借地料を徴収できるようにした。

そして、後世まで残る「小便税」の導入である。
公衆便所に貯まる小便を集めてきて
羊毛の油分を抜くのに使用する業者に課された。

さすがに息子ティトゥスが苦言を呈したが、
父は一掴みの銀貨を息子の鼻先に突きつけて言った。
「臭うかね?これは小便税による税収分なのだが」

ローマ市民にもこの小便税はゴシップとして評判になった。
その評判は現在まで続き、
イタリア語でVespasiano、ヴェスパシアーノと言えば
一般的に皇帝ではなく男性用の公衆便所の意味となる。

ローマ皇帝は死後神格化されるのが常である。
死の床についていたウェスパシアヌスはこう言った。
「かわいそうな俺、神になりつつあるようだよ」

最後までユーモアを忘れない皇帝であった。

ウェスパシアヌス神殿遺跡

ウェスパシアヌス神殿遺跡

コインについて

ローマ帝国 ウェスパシアヌス アウレウス金貨 69-70年

ローマ帝国 ウェスパシアヌス アウレウス金貨 69-70年

今回ご紹介するのは
ローマ帝国でウェスパシアヌスによって69年~70年に発行されたアウレウス金貨だ。

「アウレウス」はラテン語で金を意味する言葉である。
アウレウスコインはそのまま金貨を指していることになる。

アウレウス金貨はB.C1世紀からA.D.4世紀初めまで鋳造され、
特にユリウス・カエサル統治以降造幣が活発になった。
この金貨1枚でデナリウス銀貨25枚の価値に相当する。

片面はウェスパシアヌスの肖像である。
頭につけているのはローマ軍最高司令官として勝利した者、
すなわち皇帝の象徴である月桂樹の冠であろう。

周囲にある文字は”IMP CAESAR VESPASIANVS AVG”である。
IMPはインペラトール、つまりローマ軍最高司令官を示す。

VESPASIANVSはウェスパシアヌスの名である。
この時代、VとUの区別がなかったことに気をつけたい。
それゆえに、ヴェスパシアヌスと呼称することもあり、
どちらが正しいかはわからない。

CAESARはユリウス・カエサルの名を示し、
AVGはアウグストゥス、すなわち初代皇帝の名の略である。
両者は帝政ローマを築き上げた人物であり、
ウェスパシアヌス以降皇帝位に就いた者は
代々カエサル及びアウグストゥスを自らの名に入れた。

もう片面は女神座像である。
この女神はパークスというローマ神話において平和と秩序を司る。
ローマによる平和、すなわちパクス・ロマーナのパクスはこの名からきている。

その堅実さでローマに再び平和と安定をもたらした
皇帝ウェスパシアヌスにふさわしい図柄と言えるだろう。

 

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